加藤 桜老は、常陸笠間藩の儒学者です。藩校の時習館で文武習得後、学識の高さを認められ、18歳の時には都講(講師)をつとめるようになりました。安政3年(1856年)には、筑波・葦穂・我国・加波・難台など十三の山々が見えることで名付けられた「十三山書桜」を、笠間市の御旗前に建てました。そこには、数々の著名人が桜老を訪ねに来たとされています。